ペットの人間に対する事故の典型は、犬が人間にかみつく、咬みつき事故、いわゆる「咬傷(こうしょう)事故」です。ペット自体に問題があるのではなく、飼育者の管理方法や飼育方法に問題がある場合が圧倒的であり、だからこそ、人間世界を規律する法律の適用場面となるのです。
咬傷事故の怖さは、実際に事故が発生してから初めて味わうことになります。咬傷の部位・程度、事故の態様、加害犬の犬種・年齢・性格、被害者の性別、年齢等の特性によっては、受傷の程度並びに被害金額も重大かつ深刻なものになります。顔面に一生消えない醜状痕が残ったり、四肢の神経を切断するようなことになると被害金額も膨大な額になります。ところが、自動車損害賠償保険等の損害補填制度もないので、当事者間の円満な協議による解決が失敗に終わり、訴訟で激しく争われる場合が少なくありません。
飼い主としては、「小型犬である」、「おとなしい犬である」、「被害者が刺激を加えた」、「番犬である」・・・等々言い分はあるでしょう。
しかし、動物愛護法7条1項は、「動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、または保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。」とし、また、民法718条1項は、「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定し、飼い主に重い責任を負わせています。
但し、いかなる場合にも飼い主が重い責任を負わされる訳ではありません。次の場合には飼い主の責任が軽減、あるいは免除されます。
飼い主が、動物の種類及び性質に従って通常払うべき程度の注意義務を尽くして動物を飼育していたこと(無過失)を立証できた場合には、損害賠償責任を免れます(民法718条1項但書)。
「動物の種類及び性質に従った相当の注意」という言葉の意味は、判例上、「A動物の種類、雌雄、年齢、B動物の性質、性癖、病気、C動物の加害前歴、D占有者又は保管者のその職業、保管に対する熟練度、動物の訓致の程度、加害時における措置態度等、E保管の態様(例えば、放飼したか、逸去あるいは長期不明の動物を追及したか、狂犬病注射をしたか、去勢手術をしたか、繋縛・拘束の方法・程度、箝口具を用いたか等)F被害者側の状況(例えば、警戒心の有無、被害誘発の有無、被害時の状況等)の事実を基にして個別具体的に注意義務の有無・程度を判断すべきであると解されています。
繋留(けいりゅう)中の事故、すなわち、自宅の敷地内で鎖につないで犬が、来訪者に咬みついて怪我をさせたような場合、飼い主の占有する犬が来訪者に怪我を負わせたのですから、飼い主は損害賠償責任を負いますが、飼い主が動物の種類及び性質に従って通常払うべき程度の注意義務を尽くして動物を飼育していたこと(無過失)を立証できた場合には、損害賠償責任を免れます。しかし、一般に無過失の立証には苦労が伴います。
散歩中の咬傷事故については、犬は常時飼い主の管理下に置かれているわけですから、咬傷事故に対する飼い主の責任は極めて厳格です。
実務上、リーシュ(Leash、引き綱、リード)との関連で良く問題となります。どんなに大人しい小型犬でも、公園や公道など、人の往来が通常予定されている場所で飼い犬を放し飼いにすることは、飼い主が相当な注意を払っていたとは到底いえません。普段はおとなしい、咬傷歴のない犬でも急な刺激には過剰に反応し、他方飼い主のコントロールは期待できないからです。
リーシュを付けていても犬をコントロールできない長さのものは放し飼いと同様に飼い主は責任を免れません(広場や公園で数メートルにも及ぶリーシュを付けている散歩中の犬を見かけますが、これなどは論外です。)。飼い主は、飼い犬の犬種、性格、体型等に配慮して、散歩場所の状況に応じて、何時でも犬を制御できる程度の長さにリーシュを調整しなければなりません(相当な長さは一概にいえませんが、当事務所の経験上では人通りの多い場所ではせいぜい1メートル程度と考えています。)。
咬傷事故で飼い主の責任が問題となった事例のうち、飼い主の無過失が認められた事例として次のようなものがあります。
飼い主宅の裏の空き地に桐の立木を発見した木材の仲買商(77歳)が、その立木の検分をするために空き地に侵入したところ、物置の柱に長さ2メートルの鎖で繋がれていた飼い犬に左大腿部を咬みつかれて怪我を負った事故につき、事故現場が通り抜けのできない、一般に開放されていない場所であったこと、飼い主には咬み癖がなく、物置の柱に繋留されていたことを指摘し、飼い主の責任を否定しました(東京地判昭52.11.30判時893.54)。
飼い主が損害賠償責任を負う場合であっても、被害者(側)に過失がある場合には、裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定めることができます(過失相殺、民法722条2項)。
例えば、立ち話に夢中になった母親の手から離れた幼児が繋留中の犬に咬まれた場合、被害者が散歩中の犬に対して不必要な刺激を与えた場合には、被害者の側にも過失があるので、裁判所は損害賠償額を減額することができます。
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