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ボタンの掛け違え②

1 前回は,夫婦間の行き違いを一例としてボタンの掛け違えについて簡単に説明しました。そして,問題の本質が,本能的な問題ではなく,むしろ,環境的な問題であることを述べました。
「客観的・体系的な思考様式VS主観的・個別的な思考様式の違いが背景事情に存在することを指摘しました。今回はもう少し突っ込んだ検討をしてみます。

2 現代人とクペル族

ここで考えなければならないのは,「思考様式」とは,単なる考え方というのではなく,社会的環境的に形成されてきた思考習慣とでも呼べるものであるということです。元来,社会学や文化人類学の得意とする分野ですが,心理学の分野でも,推論に関する面白い実験結果があります。比較認知研究の心理学者であるM.Coleがリベリアのクペル族に対して行った推論能力に関する調査ですが,例えばこのようなものがあります。「蜘蛛と黒鹿はいつもいっしょに食事をします。いま,蜘蛛が食事をしているのですが,黒鹿は食事をしていますか?」という質問をすると,クペル族は次のように答えると報告されています(佐伯 胖編「認知心理学講座3『推論と理解』」東京大学出版会P24)。

被験者「彼らはヤブの中にいるのかね?」

実験者「そうです」

被験者「2匹で食事をしてるって?」

実験者「・・・・・(はじめの質問を言い直す)」

被験者「そいつはわからない。オレはその場にいたわけじゃないから。どうしてそんな質問に答えられるのかね?」

実験者「ダメですか?その場にいなくても考えたらわかるのでは?」

被験者「あっそうか。黒鹿は食事しているよ」

実験者「理由を言って下さい」

被験者「黒鹿は1日中歩きまわってヤブの中の緑の葉っぱを食べているのサ。ちょっと休むとまたすぐに起きて食べまわっているのサ」

この例でクペル族を笑った人は19世紀の西欧人が有色人種に対して偏見を持っていたレベルと同じレベルということになります(スペンサー主義)。クペル人は論理的思考力がないのではありません。日常生活に密着させながら持てる論理的思考力を駆使して推論を行っているのです。日常生活から離れた抽象的な論理操作をするための論理的思考力は不必要なので習得していないだけなのです。実際,クペル族が先進資本主義諸国の学校教育を受ければ,簡単に,抽象的な論理操作を習得することができるようになります。抽象的な論理的思考力と生活に密着した論理的思考力とはどちらが優れているとか優れていないとかいう問題ではなく,「みんな違ってみんな良い」という金子みすずの詩のような関係にあるのです。ただ,アフリカのサバンナで1年間生活させてみた場合の生存率は抽象的論理的思考力に秀でた西欧人よりも日常生活に密着した論理的思考力に秀でたクペル族の方が高いことは言うまでもありません。

3 クペル族との交渉

以上のことから論理的思考能力とは社会的文化的なものであることはお分かり頂けたと思います(心理学の領域では認知過程の文化性を問題にします)。それでは,私達がクペル族と交渉をする場合にはどのようにしたら良いのでしょうか。少なくても,法的3段論法を駆使した演繹的な法的説得では成功しないことは明白です。このような論理的説得よりも,日常生活に密着した利益・不利益の具体的イメージを抱かせる説得のほうが成功しそうです。但し,しつこいようですが,クペル族は論理性が欠如しているのではなく,論理性が日常生活に密着した形で現れることに特殊性があり,仮に,クペル族の若者を日本に呼んで法学教育を受けてもらったら容易に抽象的な論理操作をすることができるようになると思われます。但し,次のように質問するでしょう。「なんでこんなことをするのか?」。実際,クペル族の日常生活にはこのような抽象的な論理操作を学んでも使い道がないのですから。

それでは,ひるがえって,現代文明人はどうでしょうか。日常生活をするときに,学校で学んだ算数や数学の知識を使っているでしょうか?スーパーで買い物をするときは?料理をするときは?日曜大工をするときは?答えは否です。例えば,スーパーで買い物をするときには色々なメーカーの商品が陳列棚に並んでいますが,心理学者や社会学者の調査結果では,私達が商品を選択する際にする採用する選択基準は学校教育で学んだ知識とは全く別な基準を用いていることが明らかにされています。値段が安い商品を選ぶ場合にも,単位数量当りの金額を電卓等の計算機器を用いて計算している人を見かけることはありません。あれほど,携帯電話を乱用している御仁も携帯電話機の計算機能を使ってはいません。その代わり日常生活から編み出されたその人独自の論理的思考過程で商品を選択しています。また,料理の場合にも同様に学校教育で習得された論理的思考は活用されてはいません。
考えてみると当然のことかもしれません。日常生活においては,学校教育で習得された抽象的論理操作は迂遠であり,現実の場面ではこのような思考操作をすることは実践的でないことは一度でもまとまった買い物をしたことがある人ならば容易に想像できるでしょう。学校教育で習得する抽象的な論理操作に基いて結論を出さなければならない現実の場面はむしろ限られた場面です。むしろ,日常生活の場面では習慣や文化によって形づけられた現実的な思考過程が採用されています。
交渉や紛争解決はこれらの日常的に採用されている現実的な思考過程とは違うという反論があるかもしれませんが,法律を学んでいなくても合理的な交渉や紛争解決は可能であり,それぞれの専門領域ごとに双方の利害を適切に調節した合理的な交渉や紛争解決を要領よく行うことができる非法律的な思考方法に長けたエキスパートたくさんいます。
してみると,現代文明国家(advanced countries)においては,現代人VSクペル族の交渉のみならず,一般的現代人VS一般現代人の交渉においても,通常の場合には,抽象的な論理操作による交渉ではなく,日常的生活に密着した現実的な論理操作によって合理的な交渉や紛争解決を図っていると考えるのが自然であると思います。そうだとするならば,抽象的論理操作に長けた交渉専門家が一般的現代人を相手にする場合にも,交渉が上手く進展していかない場合には,自分の説得方法や交渉方法を再考し,抽象的論理操作による論理的説得ではなく,日常生活に密着した思考過程や言語を用いた論理的説得を利用してみると良い結果を招くことがあります。そのままの方法を維持すると,クペル族に対する交渉と同様に合理的な交渉ができない結果になってしまいます。この問題が「ボタンの掛け違え」の問題です。

4 「ボタンの掛け違え」の実践的有効性

以上のことからも分かるように,「ボタンの掛け違え」の適用場面は,交渉が難航していて順調に進展していない場面です。交渉専門家を自負する人であるならば,交渉に違和感があり,停滞している局面に遭遇することは多々あることと思います。このような場合には「ボタンの掛け違え」を疑ってみる必要があります。例えば,①相手方が問題解決型交渉であるのに,当方が感情主義的なコミュニケーションで対応すること,②相手方が感情主義的なコミュニケーションであるのに,当方が問題解決型交渉で対応している状態の場合です。自分にもしも「ボタンの掛け違え」が見つかれば,意地を張らないで,交渉方略の変更をすべきであり,交渉方略とは本質的にそのようなものなのです。

以   上

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